観察項目としての「呼吸」

回数・深さ・リズム・見た目・音。呼吸は、いちばん早く変化して、いちばん見落とされる観察項目です。

呼吸は、いちばん早く変わるバイタルサイン

介護現場で重要な観察項目では、 食事・水分・排泄・睡眠・歩行・皮膚・表情など、日々見るべき項目を並べました。 そのなかで呼吸は、少し性格が違います。

体調が崩れるとき、身体は真っ先に呼吸で埋め合わせようとします。 感染で酸素の需要が増えたときも、心臓のはたらきが落ちて肺に水が溜まりはじめたときも、 まず呼吸の回数が増えます。熱が出るより、血圧が下がるより、 そしてパルスオキシメーターの数字が動くより、たいてい先です。

にもかかわらず、呼吸数は5つのバイタルサインのなかでもっとも測られていない項目だと言われます。 体温計や血圧計と違って機械が数字を出してくれず、1分間ただ見ていなければならないからです。 このページでは、その呼吸を「どう見て、どう記録して、いつ誰に伝えるか」まで通して整理します。

このページで扱うこと

  • 呼吸数の正しい測り方と、高齢者で判断に迷う場面
  • 回数以外に見るべき 深さ・リズム・努力性・左右差
  • 聴診器を使わなくても目と耳で分かること
  • SpO2 を過信してはいけない理由
  • 高齢者に多い呼吸のトラブルと、その初期の見え方
  • 観察したことを記録し、報告に乗せるところまで

STEP 01

1. 呼吸数を、正しく測る

呼吸数は、意識すると変わってしまう唯一のバイタルサインです。 「いま呼吸を数えますね」と言った瞬間に、その数字は本当の値ではなくなります。

測り方

  1. 1 気づかれないように数える。脈を測るふりをして手首に触れたまま、 視線は胸や腹の動きに向けます。声をかけると呼吸は必ず変化します。
  2. 2 1分間、通して測る。15秒×4 は、リズムが乱れている人ほど誤差が大きくなります。 異常を疑っている場面ほど、省略してはいけません。
  3. 3 吸って吐いてで1回。胸が上がって下がるまでを1回と数えます。
  4. 4 体位と直前の活動を記録に添える。臥床中か座位か、食後か、移乗の直後か。 同じ20回でも意味がまったく違います。

目安となる値

状態毎分の回数現場での受け止め方
正常(成人・安静時)おおむね 12〜20高齢者ではやや多めになることがある
徐呼吸12 未満意識レベル低下、鎮静薬の影響などを疑う
頻呼吸24 以上他のバイタルが正常でも報告の対象
強く疑うべき状態30 以上、または 9 以下速やかに医療職へ。夜間でも待たない

基準値よりも「その人の平常値からの変化」が重要です。 ふだん14回の人が20回になっていれば、表の上では正常範囲でも、その人にとっては明らかな変化です。 逆に、慢性呼吸不全でふだんから22回の人が24回になっても、それだけで慌てる必要はありません。 平常時の値を記録に残しておくことが、この判断を可能にします。

呼吸数が「軽視されない指標」である理由

医療現場で使われる重症度の目安の多くに、呼吸数が組み込まれています。 たとえば感染症の重症化を早期に見つけるための簡易な指標では、 呼吸数が毎分22回以上であることが評価項目の一つとされています。 肺炎の重症度分類でも、呼吸数の増加は重要な因子です。 つまり、呼吸数は「数えるのが面倒な項目」ではなく、数字ひとつで危険を拾える項目です。

STEP 02

2. 深さ・リズム・努力性を見る

回数が同じでも、浅く速い呼吸と、深くゆっくりした呼吸では意味が違います。 また、呼吸の「型」そのものが病態を示すことがあります。

努力呼吸のサイン

ふだん、呼吸は横隔膜がほぼ独りで担っています。 努力呼吸とは、それだけでは足りず、本来は使わない筋肉まで動員している状態です。 次のサインが見えたら、本人が「苦しい」と言わなくても、身体は苦しがっています。

肩呼吸・呼吸補助筋の使用

吸うたびに肩が上がる。首の胸鎖乳突筋が張り出す。座って前かがみになり、肘を膝や机につけて上半身を支えている。

鼻翼呼吸

吸気のたびに小鼻が開く。少しでも空気を入れようとしている状態で、高齢者では見落とされやすいサイン。

陥没呼吸

吸気時に鎖骨の上や肋骨の間がへこむ。気道が狭い、あるいは肺が硬くなっていることを示す。

口すぼめ呼吸

口をすぼめてゆっくり吐く。COPD の方が気道の虚脱を防ぐために自然に身につけていることが多い。

起坐呼吸

横になると苦しく、起き上がると楽になる。心不全でよく見られ、「夜、何度も起き上がる」という訴えが手がかりになる。

下顎呼吸

顎を上下させ、口をぱくぱくさせる。多くの場合、看取りの終末期に近い段階を示します。速やかに看護職員と家族へ連絡してください。

リズムの異常

名称どんな呼吸か背景として多いもの
チェーンストークス呼吸 だんだん深く大きくなり、また浅くなって、数十秒の無呼吸をはさむ。これを周期的にくり返す 心不全、脳血管障害、終末期
ビオー呼吸 深さの揃わない呼吸が続き、突然の無呼吸をはさむ。周期性がない 脳幹の障害、髄膜炎
クスマウル呼吸 異常に深い呼吸がゆっくり規則的に続く 糖尿病性ケトアシドーシスなど代謝性アシドーシス
失調性呼吸 深さも間隔もばらばらで、まったく規則性がない 延髄の障害。切迫した状態

名前を覚えることが目的ではありません。 「無呼吸をはさんで、大きくなったり小さくなったりを繰り返している」と事実のまま書ければ、 受け取った看護職員がチェーンストークス呼吸だと判断できます。 用語に自信がないときほど、見たままを具体的に書いてください。

STEP 03

3. 見た目から分かること

呼吸の観察は、聴診器を持たなくても、触れなくても、部屋に入った瞬間から始まっています。

胸郭の動きに左右差はないか

正面から見て、左右の胸が同じように上がっているか。片側だけ動きが悪いときは、 その側の肺に空気が入っていない可能性があります(無気肺、胸水、気胸など)。 誤嚥は解剖学的に右の気管支へ入りやすいため、右側の動きが落ちることがあります。

顔色・口唇・爪の色

口唇や爪床が紫色になるチアノーゼは、酸素が足りていない状態のサインです。 ただしチアノーゼはかなり進んでから現れるうえ、貧血のある人では出にくく、 照明の色にも左右されます。「チアノーゼがないから大丈夫」とは言えません。

姿勢と体型

円背が強いと胸郭が広がりにくく、もともと呼吸が浅くなります。 車椅子で骨盤が後ろに倒れ、顎が上がった姿勢は、呼吸にも嚥下にも不利です。 姿勢を整えるだけで呼吸が楽になることは珍しくありません。

むくみ・体重の増加

下腿のむくみ、靴下の跡が深く残る、数日で体重が増えた。 これらは心不全で体液が溜まってきたサインで、 息苦しさより先に出ることがあります。呼吸の観察と体重測定は地続きです。

STEP 04

4. 音から分かること

聴診器がなくても聞こえる音があります。むしろ、耳で聞こえてしまう音は、それだけで異常です。

聞こえ方いつ聞こえるか考えられること
ゼーゼー・ヒューヒュー
(喘鳴)
主に息を吐くとき 気管支が狭くなっている。喘息、COPD の増悪、心不全でも起こる
ゴロゴロ・ズルズル 吸っても吐いても 喉や太い気道に分泌物や唾液が溜まっている。誤嚥のリスクが高い状態
ガーガーという高い音
(ストライダー)
主に息を吸うとき 上気道(喉頭・気管)の閉塞。窒息を含む緊急事態
ガラガラ声・湿った声
(湿性嗄声)
食事中・食後の発声 声帯の上に食べ物や唾液が残っている。誤嚥の直接のサイン
むせ・咳き込み 食事中・食後 誤嚥。ただしむせないほうが危険なことがある(後述)

むせない誤嚥 ─ 不顕性誤嚥

不顕性誤嚥(ふけんせいごえん)とは、 食べ物や唾液が気管に入っているのに、むせも咳も出ない状態を指します。 加齢や脳血管障害で咳反射が鈍くなると起こりやすく、 睡眠中に唾液を少しずつ誤嚥しているケースもあります。

つまり「むせていないから誤嚥していない」とは言えません。 食後の声の変化、食事に時間がかかるようになった、食後に微熱が出る、 なんとなく元気がない。こうした間接的なサインの積み重ねが手がかりになります。

聴診器を使うと、何が分かるのか

耳で聞こえる音は、すでにかなり大きな異常です。 その手前の段階 ── まだ本人も周囲も気づいていない段階 ── を捉えようとすると、聴診器が必要になります。 肺のどのあたりで、吸うときか吐くときか、どんな種類の雑音が鳴っているのか。 そこまで分かると、痰が溜まっているのか、肺が硬くなっているのか、水が溜まっているのかを区別できるようになります。

聴診の手技、聴取部位、音の分類と鑑別については、専用のページで詳しく扱っています。

呼吸音の聴診を詳しく読む

STEP 05

5. SpO2 の読み方と落とし穴

パルスオキシメーターは便利ですが、数字が出ることと、その数字が正しいことは別です。

SpO2 は「遅れて」下がる

身体は、酸素が足りなくなると、まず呼吸を速くして補おうとします。 SpO2 が下がるのは、その代償が追いつかなくなってからです。順序でいうと、

① 呼吸数が増える

② 努力呼吸が出る

③ SpO2 が下がる

④ 意識が落ちる

となります。SpO2 が正常でも、呼吸数が増えていれば異常です。 「SpO2 は 96% ですが、呼吸数が 26 回あります」という報告ができる職員は、看護職員から本当に頼りにされます。

正しく測れないことがある

末梢の冷え・血流低下

冬場や末梢循環不全で低く出る。手を温めてから測り直す。

体動・震え

波形が乱れ、数値が安定しない。落ち着いてから測る。

マニキュア・付け爪・濃い色素

光が透過せず低く出る。別の指か耳で測る。

貧血

酸素を運ぶヘモグロビン自体が少なくても、SpO2 は高いまま出る。

一酸化炭素中毒

実際は酸素が届いていなくても高値を示す。

プローブの当て方

浅い、ずれている、指が太すぎる。数値の前に装着を確認する。

COPD など慢性の呼吸器疾患がある方は、目標とする SpO2 が一般の方より低く設定されていることがあります。 「90% を切ったら連絡」といった基準は人によって違うため、個別の指示を必ずケアプランや看護指示書で確認してください。 一律の数字で判断しないことが大切です。

STEP 06

6. 高齢者に多い呼吸のトラブル

病名を当てるのは介護職員の仕事ではありません。ただし「どんな見え方をするか」を知っていると、 気づける変化が増えます。ここでは、初期にどう見えるかを中心に整理します。

誤嚥性肺炎

高齢者の肺炎でもっとも多く、介護施設で最も遭遇する

唾液や食べ物とともに細菌が気道に入り込んで起こります。 高齢者では典型的な症状が出ないことがむしろ普通で、 「熱が出て、咳が出て、痰が出る」という教科書どおりの現れ方をしないケースが多くあります。

初期に見えるサイン

  • なんとなく元気がない、傾眠がち、反応が鈍い
  • 食事量が落ちた、食べるのに時間がかかるようになった
  • 喉のゴロゴロ音、食後の湿ったガラガラ声
  • 呼吸数の増加(発熱より先に出ることがある)
  • 微熱、あるいは発熱しない

COPD(慢性閉塞性肺疾患)

長年の喫煙などで気道と肺胞が壊れ、息が吐きにくくなる病気です。 口すぼめ呼吸、樽のように膨らんだ胸、痩せ、動作時の強い息切れが特徴。

増悪のサインは、痰の量・色・粘りの変化と、いつもより強い息切れ。 「痰が黄色くなった」は重要な報告です。

心不全

心臓のポンプ機能が落ち、肺に水が溜まります。呼吸器の病気ではありませんが、 最初に呼吸として現れることが多くあります。

横になると苦しい(起坐呼吸)、夜間に何度も起きる、下腿のむくみ、 数日での体重増加。これらが揃ってきたら要注意です。

間質性肺炎

肺そのものが硬くなる病気です。乾いた咳と、動いたときの息切れが中心で、 痰はあまり出ません。聴診では背中の下のほうで、 髪の毛をこするような細かい音(捻髪音)が聴かれるのが特徴です。

無気肺・胸水

痰が詰まって肺の一部が潰れる、あるいは胸に水が溜まる状態です。 その部分だけ呼吸音が弱くなる・聞こえなくなるのが手がかりで、 左右を聴き比べないと気づけません。寝たきりの方で起こりやすいトラブルです。

すぐに人を呼ぶべき状態

  • 息を吸うときに「ガーガー」と高い音がする(上気道の閉塞・窒息の疑い)
  • 顎を上下させる呼吸(下顎呼吸)が始まった
  • 呼吸数が毎分30回以上、または9回以下
  • 唇や爪が紫色になっている
  • 呼びかけへの反応が明らかに鈍い、意識がもうろうとしている
  • 話すときに一息で言い切れず、単語で区切るようになった

※ 実際の連絡先・連絡順序は施設の緊急時対応マニュアルに従ってください。判断に迷う場合は、迷ったこと自体を伝えて構いません。

STEP 07

7. 日々の見守りに落とし込む

知識があっても、業務の流れに組み込めなければ続きません。 「呼吸を見る時間」を新たに作るのではなく、すでにある場面に重ねるのが現実的です。

いつ見るか

場面そこで見えること
起床時の訪室夜間の様子。寝ている間の呼吸音、痰の絡み、寝汗
食事中・食事後30分むせ、湿性嗄声、食事のペース、食後の傾眠。誤嚥に最も近い時間帯
入浴前後脱衣時に胸郭の動きと皮膚色を確認できる数少ない機会。入浴は呼吸循環への負荷でもある
移乗・歩行のあと労作時の息切れ。どのくらいで息が上がり、どのくらいで戻るか
就寝時・夜間巡視安静時の呼吸数、無呼吸、いびき、体位による違い

どう書くか

△ 伝わらない記録

「呼吸苦あり。様子観察。」
「痰がらみあり。」
「呼吸状態悪い。」

どのくらい悪いのか、何と比べて悪いのかが分からない。

○ 動ける記録

「14:20 臥床時、呼吸数26回/分(前日同時刻18回)。 吸気時に肩の挙上あり。SpO2 95%(室内気)。 昼食は主食3割で普段より少ない。喉のゴロゴロ音が食後も継続。 看護師◯◯へ14:30報告。」

時刻・数値・比較対象・対応が揃っている。

記録の原則については 介護現場で重要な観察項目 も参照してください。

報告のかたち

忙しい看護職員に伝わる報告には型があります。次の順で話すと、短くても必要な情報が揃います。

  • S状況:「◯号室の△△さんの呼吸のことで報告です」
  • B背景:「ふだんは呼吸数18回、SpO2 97% の方です」
  • A評価:「いま26回で、肩で息をしています。SpO2 は95%です」
  • R依頼:「一度見ていただけますか」

評価(A)で病名を言う必要はありません。「肺炎かもしれません」ではなく「呼吸数が増えています」で十分です。

REFERENCES

8. このページで参考にしている考え方

呼吸数は、変化をもっとも早く示すバイタルサインである

感染症や心不全の悪化では、体温や血圧、SpO2 より先に呼吸数が変化します。 医療現場で用いられる重症度の指標にも呼吸数が組み込まれており、 「測るのが手間な項目」ではなく「早期発見のための項目」として位置づけられています。

参照情報源:日本呼吸器学会「成人肺炎診療ガイドライン」の重症度評価の考え方/敗血症の簡易評価指標(qSOFA)の考え方

高齢者の肺炎は、典型的な症状を示さないことが多い

発熱や咳といった分かりやすい症状が乏しく、食欲低下、活気のなさ、傾眠といった 非特異的な変化だけが現れることが少なくありません。 日常の様子(食事量・活気・表情)を継続して見ている介護職員の観察が、早期発見に直結します。

参照情報源:日本呼吸器学会「成人肺炎診療ガイドライン」/各医療機関が公開する誤嚥性肺炎の解説

観察は、判断ではなく事実の記録から始まる

介護職員に求められるのは診断ではなく、見たこと・聞いたことを具体的に記録し、 必要なときに医療職へつなぐことです。用語に自信がないときほど、 見たままを書くほうが正確に伝わります。

参照情報源:公益社団法人 日本介護福祉士会「倫理綱領」「倫理基準(行動規範)」

参照している情報源

本ページは介護現場での学習・実務の参考として作成しています。 医学的な診断・治療の判断を目的としたものではありません。 記載した基準値や目安は一般的な参考値であり、実際の判断基準は利用者ごとに異なります。 必ず所属施設の手順・看護指示書・ケアプランに従い、看護職員や医師と連携して対応してください。

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